サイトウさんの自画自賛ブログ。夫の分も幸福に生きる。

36歳で当時56歳の夫を交通事故で亡くす。悲しみを克服するまでの奮闘記。そして自分が選んだモノ思いついたことなんでも自画自賛して前向きに過ごす。

【夫との死別から6週間】加害者に「無」の感情でいることの意義

夫の死をわりきるために、考え方を変える。工夫する。言い聞かせる。そうやって徐々に回復に向かっていたけど、警察からの事情聴取とやらでまた絶望したあの日の記憶が蘇る。

「事故の連絡が来たとき、亡くなったと知らされたとき、どういう気持ちでしたか」「遺体と対面したときどう思いましたか」「ご主人に何か伝えたいことはありますか」とか、答えようとすると自動的に涙が出るような質問もあった。

けど警察に罪はない。むしろ加害者に適正な処罰を下すために必要な工程だ。要は、情に訴える文面が欲しいらしい。

「運転していた◯◯さんには厳しい処分を望みます」「もう二度と同じような過ちを犯してほしくありません」被害者遺族からの悲痛な叫びってやつをを組み入れて、厳しい処罰につなげる。そんなとこだろうか。

 

正直言って、もう死んでしまった以上、加害者が今後どう過ごそうが、私には関係ない。というか、知らない方がいい。反省しててもしてなくても、刑罰が甘かろうが適正だろうが。加害者にまつわる情報はもう何も要らない。そのことに心を乱されること事態が嫌なんだ。

この気持ちを、事故で家族を亡くした人達のうちどのくらいが共感してくれるだろうか。

「犯人には一生償ってほしい」だとか「再発防止のために啓蒙活動する」だとか、ニュースではそこだけが取り上げられてるけど。そんな風に思えない遺族も多いんじゃないのかな?自分の家族を失ってるのに、他の人が同じ目に合わないように活動するなんて、私には到底無理だ。何をやったって夫は戻ってこない、運命は変えられない。

むしろ、どうしようもなかった、防ぎようがなかった、夫の寿命だった。そうやって考える方が幾分か楽になる。

「防げた事故」とか「無念」とか「運転交代してくれの一言さえあれば」とか。死ななくて済んだルートは言い出せばきりない。けどそんなこと考えたところで悔しくなるだけ。

逆に、夫が交通事故で死んでしまうこのストーリーで、加害者役に選ばれてしまったあの人の方が不運じゃないか。そんな風に俯瞰することで気持ちを保っている部分もある。

 

沈没した遊覧船に乗っていた家族を失った遺族が怒りをあらわにしてた。

「説明が不十分」「社長は謝罪しに家に来るべきなのに連絡すらない」メディアではそういう声だけが取り上げられているけど。もう事故は起こってしまって、家族は死んでしまった。それだけが事実なんだ。経営がずさんだったとか、その社長に誠実さを感じないだとか、もうなんの意味も持たない、灰色に見える世界の一部でしかない。そうやって感じている家族もいるんじゃないかな。今の私と同じように。

 

死んでしまったその時から、遺族は孤独になる。助けてくれる人、寄り添ってくれる人はいるし、加害者には相応の処分が与えられるけど。それで完全に心が癒されることは無い。私の心を癒すことができるのは夫だけだったんだから。その夫がもういないんだから、自分一人で消化するしかないんだ。

けど私はその術をすでに知っている。

加害者からの謝罪有無や態度のあり方次第で、自分の人生を左右されるなんてもったいないじゃないか。そんなことに囚われず、自分のやりたいことをやる。やるべきことをやる。友達と会う、新しい出会いに期待を膨らませる。その方がいいじゃないか。

「1歳〜36歳」をアーカイブにして、これからは「37歳〜」に記録を残していく。振り返る必要があるときだけアーカイブを検索する。不安とか悲しみの余波や、加害者や事故に関する情報やそのときの気持ちも、発生したらアーカイブの方にしまう。そうやって棲み分けしていく。私は強い。乗り越えていける。